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コミュニケーション・バイブル

福原徹

2012.05.09

大勢を相手にした方が話しやすい

「正直あまりコミュニケーションで悩んだことがないんです」。子どもの時からお山の大将タイプで、政治家になりたいと思っていた時もあった。クラスではクラス委員、中学では生徒会長もやった。大勢の前で話すと緊張するんじゃないかとよく言われるけれど、逆に大勢の方が話しやすい。100人や1000人になれば、ひとりひとりの顔は関係なくなるので、こちらが言いたいことを自由に言いやすい。5人6人で相談したりする方が却っていらいらしてしまう。大人数だとなんとなく全員の雰囲気というか流れができる。演奏家としては得な性格かも分からない。子どもの時から合唱団にいたことや、劇団で子役をやっていたことで、人前で何かをすることが他の人に比べて無理なくできるということはあると思う。もしかしたら、そんな自分を演じているのかも知れない。

大勢を前にして話をしても、全然だめな時もある。演奏も同じ。けれど何かの時にふっとみんながひとつになる、そういう瞬間がある。そこにある種の快感がある。

興味を持った世界や人には、ずけずけ入り込んでいく方だと思う。自分の進もうとした道でちょっと拒絶されたくらいで諦めるなんていうのは、始めからあんまりその気がなかったのかなと思える。その一歩は怖いし、無駄かも知れないけれど、でもやりたかったらやるしかない。そこまで思いが強いかどうかということが試される気がする。

相手を読み取ること

コミュニケーションは伝えるテクニックというよりは、自分がどこまで感じ、読み取れるかということだと思う。ある種の思い込みや自分なりのはっきりした価値観がないとできないことかも知れない。笛のお稽古でも相手の吹く音を自分がどう感じるかをどこまで感じられて、それを相手にどう伝えられるかということが大事。思っていないことを言うのはなかなか難しいし、思っていないことを言っても大人だったらそれは分かる。

古典の世界では、笛というのは、踊りがあればその人の踊りが一番引き立つように演奏しなければいけない。特に邦楽はそういう面が強い。歌舞伎なら歌舞伎の役者さんが踊りやすく、一番よく見えるように、演奏会では、唄、三味線、お囃子とあるけれど、唄の人が唄いやすく、尚且つ、唄が上手に聞こえることが一番いい。聞いている人が、今日はいい長唄を聞いたと感じるのがいい、つまり、いい笛を聞いたというのではなくて。オーケストラでも、聞く人は、そのパートだけを聞くのではなくて、全体を聞いている。そこが難しくもあり、面白い。

唄の人がどう唄いたいのか、三味線の人がどう弾きたいのか、お囃子の人がどう演奏したいのか、共演者が何人もいるわけだけれど、その人達がどうしたいのかを感じ取る。更に邦楽は洋楽と違って所謂スコアもなく、指揮者もいないので、ひとりひとりが共演者を読み合って、ひとつにならなければいけない。合わせるところは合わせるし、出るところは出る。音楽上の無言のコミュニケーション、これがないと邦楽は成り立たない。

若い時はなかなかそれができなくて、自分が出過ぎてしまったり、思い切りやってしまってうるさいと言われたり、それじゃ歌いにくいと言われたりした。音量だけの問題ではない。日頃から相手の動きを読み取る訓練が必要だけれど、それは特別な訓練をするわけではなくて、時間はかかるが、何度もやるうちにだんだん自然にやれるようになっていく。そしてそれができる人が、うまい、ということになっていく。

笛の音、僕の音

笛の音は、いいか悪いかというよりも好きか嫌いかということだと思う。声と一緒で吹く人によってみんな違う。笛はすごく素朴なもので、竹に穴を開ければ楽器になる。自然の材料に人間が息を入れて音を出す楽器なので、その音はまさしく風の音のような、自然の音に一番近いような気がする。そして吹く人の思いが非常にストレートに伝わる楽器。

自分の笛に対するみなさんの評価というのは、「あまり器用ではなくてある種少年のような感じの笛」というもの。初々しくも、消えてなくなるのではなく、目立つ音。幼稚と言えば幼稚で、決して達者ではない。自分で自分の音を聞くとあまり嬉しくない。これは人に言われたことだけれど、かつて子どもの時に歌っていたボーイソプラノのイメージが自分の中に今でもあって、人間の声に近くて高い音が吹けるという笛に惹かれたのではないか。言われてみればそうなのかなと思う。だから子どもが歌を歌っているような感じで笛を吹いているのかも知れない。

SMAPは邦楽

街中で聞こえてくる音楽は結構面白がって聞いている。暮れの紅白歌合戦は全部見たい。今どういう曲が流行っているのかを知りたいし、今までにない新しいものを知るのは面白い。SMAPを聞いていると、5人の人がいて、でも五部合唱にならずに、常にユニゾンで同じメロディを歌っているのが面白い。僕の説では、あれは邦楽。邦楽は常にユニゾンで唄う。外国なら絶対にどこかでハモリを入れる。でもそれが日本ではちゃんとヒットするというのは、日本の人の耳に何か邦楽的なものが残っていて、アーティストに対して必ずしもハーモニーばかりを求めないということがひょっとしたらあるのではないかと思う。

・・・・・

福原さんが芸大を出て、まだ先生の鞄持ちをしている時、先生に「この世界でやっていくには何が一番大事ですか?」とバスの中で聞いたそうである。先生はしばし考えた後、「最後は人柄だね」と言った。「人柄!?」と当時まだ若かった福原青年は思った。もっとびっくりするような言葉を期待していたのに、「人柄」とは。なるほど、でも後で考えると確かに笛はそういう楽器かも知れないと思ったという。
福原さんの笛の音には隠し事がない。出し惜しみがない。まさにそれは福原さんの人柄のような気がする。笛というのは不思議で、魂を込めて思い切り吐いた息が叫びではなく音になる。それが心にダイレクトに伝わる。

「音楽はすごくいいものだと思う」、何度も繰り返されたこの言葉には本当にそうだとこちらにも思わせる力があった。

取材・写真 篠田英美

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