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コミュニケーション・バイブル

川村隆一

2011.12.21

ファンとの出会い

最初に就職したのは日活だった。映画の仕事がしたかった。日活ロマンポルノの時代、映画は冬の時代だったが、撮影所は活気があって面白かった。けれど、薄給で生活していけない。やむを得ず、デザインを教えながらデザインや企画の仕事を始めた。制作会社でプランナーをやっていた時、大手スポーツメーカーA社のウォーキングシューズの戦略に関わった。時はバブル、スポーツメーカーは、冬はスキー、夏はゴルフを扱っていればよかった時代に、歩くため専用の靴を定着させるという、新しいジャンル、フィールドを作る仕事だった。その作業の中で「ファン」の存在を発見した。

そのころ、A社直営店の歩くための靴専門店で、最も売れていたのが北九州市小倉店。人口が最も少ないエリアなのになぜ? と、調べてみると、エバンジェリスト(伝道者)がいた。46歳の主婦Mさん。Mさんが大量に買って、クチコミをしている。なぜ? と聞くと、「履いたらぴったりで外反母趾も痛くない。しかも、無料(ただ)で計測してくれるってすごい!これはどうしても私のように困っている人に伝えなければ」との回答。A社は衝撃を吸収するためにゲル剤を使い、靴底に泥よけのための溝が彫られているなど、たくさん特許を持っている。製品の良さを店長がどんどん教えることによって、Mさんはその特徴を熟知していく。自分が得た感動を誰かに知らせたいという思いがあり、伝えることができる人だった。次々に、Mさん周辺の人達が集まりだし「ファン」へと変わっていった。そして、この時なんとなく「ファン」になる仕組みのようなものが見えた。

他の店舗でも実験してみると、予想以上の効果が出た。この仕組みを、ウェブでも展開できないかと持ち込んでみた。K社のウイスキーのファンサイトで17万人が集まるサイトを作ることが出来た。普遍性があるのではないか。「ファン」を作るこの仕組みを啓発したいと、50歳の時「ファンサイト」を起業した。

ファン=馴染み客

「人間には納得のコップというのがあると思う」。納得の水がどんどん入ってきて、それが溢れた時にお財布のひもを開けてお金を出す。納得の水ではなくて、説得の水が入ってきて溢れた結果で買うと、買った後に後悔する。要するに納得感をキープさせること。いつ納得できるかというのは人それぞれ。Mさんは納得の水がいきなり溢れたから、その感動を周りの人達にも伝えようとした。第2、第3のMさんを育てるためには、企業からの一方的な情報ではなく、お客様の目線での情報を絶えず提供していく場所が必要。しかし、いまだに企業は一方的に広告を大量に、垂れ流している。どこの誰かは分からないけれども、きっと誰かが欲しがっているだろうという仮説のもとに、テレビコマーシャルや新聞広告でどんどん垂れ流している。そしてそれはいつも新規のお客様が中心。

買ってくれた人を大事するのは当たり前のこと。ファンは日本語で言えば「馴染み客」。実は、2割の馴染み客が80%の利益をもたらしている。ファンサイトは、馴染み客が集まる場所。ファンを明確にすることによって、何処の誰をターゲットにしているのかが曖昧なままでマス・マーケティングを仕掛けなくても、物は売れていく。一生涯購買してくれる顔の見えるお客様を、どれだけ大切にしていくかということが、これから企業と共に乗り越えなければいけない課題である。

ウェブ×コミュニケーション

バックミンスター・フラーやハーバート・マーシャル・マクルーハンといった先駆者達が1950年代に唱えていたものがほとんど具現化してきている。いまやその最終形まで来ていると思う。ウェブもそう。もう出尽くすところは出尽くしているので、あとはどういう組み合わせを、どんな人達に対して、どんなアプローチすればいいか。ファンサをいかに集いやすく、居心地良く、楽しい場にするか。そのための道具は揃っている。たとえばブログ、ツイッター、掲示板、メールマガジン、アンケート。あるべき方向性に向かって、コンテンツの組み合わせをきちんとすれば、あとは運用をどうするのかだけである。

企業にとって、これからますますファンは最も力強いサポーター・仲間になる。感動や共感をベースにしたファンサイトは「このサービス、この商品を応援してください、という企業からのメッセージとファンが、応援してあげますよという、相互に補完しあえる関係が作れる場になればと思っている」。

ウェブは誰彼なく、みんなに間口を【開く】のではなくて、関心のある人たちだけのために【閉じる】と考えたほうが、使い方としてはいいんじゃないか。と同時に一方で、ウェブで人を囲い込むことはできない。旅行の情報ならこのサイトで調べる、映画の情報ならここで見ると、分野ごとに自分で決めた場をそれぞれが持っている。だから到底、全部を囲い込もうとするとできない。個々それぞれに,人は多面的で、その中の一面の時間を割いてもらえればいい。専門分野でオンリーワンを目指せばいい。それが結局ナンバーワンになるということでもある。

ウェブはデザインではなく、インターフェイス、つまり、誰が操作するのかという前提で考える。だから、操作する人は誰かを決めてから設計図を描くことにしている。それがブレなければデザインの色やボタンの大きさはおのずと決まる。どこに向かって誰のために構築しているのかが大事。

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「ファン」というテーマ、自分にとって生涯のキーワードを見つけられたことがすごくラッキー」という川村さん。ファンとは何だろうとずっと考えさせてもらおうと思っている。ファンについてお話を聞いているうちに、ファンがふわふわした飾りではなく、たとえば商品の価値を示すのになくてはならないものに思えてきた。今、息子さんが映画業界で働いている。「時々会って映画の話ができるのが楽しい」。また、32歳から始め、50歳の起業を期に封印していたトライアスロンを今年、復活した。来年60歳になる。ファンサイトを更に広げていくため「頭で考えるより体で考える方なので」まずは体の根幹を締め直して、体力的にもがんばれるようにしたい。かつて川村さんにとってインターネットは居心地の悪い場所だった。「でも仕事として取り組むことで何かを克服していくのはいつものことだと思い、やってみようと思った」。登ったことのない山に立ち向かう、川村さんの挑戦は続く。


※バックミンスター・フラー
リチャード・バックミンスター・フラー。アメリカの思想家、発明家。「宇宙船地球号」を提唱した。

※ハーバート・マーシャル・マクルーハン
カナダ出身の英文学者。メディア理論で著名。テクノロジーやメディアは人間の身体の「拡張」であると主張。「メディアはメッセージである」を最初に唱えた。

取材・写真 篠田英美

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